11/07/2011

葬式

最近、親友のお母さんが病気で亡くなった。
重病とわかって一ヵ月後の、かなり急な逝去である。
あんなに若くて元気だったのに。

親友の家族はもちろん大きなショックを受けたが、
みんな協力して立ち直ろうとしている。

僕は今、繁忙な時期の真っ最中で、
親友の傍にもっといてあげたいものだが、
できるだけ力になってあげようとしている。
ほかにできることはあまりないみたいだから。

葬式は昨日。
僕はvideographerという重役を務めさせてもらった。
少し大変な撮影だったが、僕なりに頑張ってビデオを撮った。
(葬式の途中で、電池が切れそうになったときはマジ怖かった・・・)

亡くした妻の死を悼むご主人の涙も
亡くしたお母さんの死を悼むお子さんの涙も
僕は見ていると感動せずにはいられなかった。

葬式の後、家族のお宅で、
疲れ果てたご主人は僕に礼を言って
家族水入らずのはずだった夕食に参加させてくれた。
この光栄に対して僕はほんの少し泣きそうに。

亡くなった、奥さん・・・
僕にいつも優しくしてくれて心から、謝謝。

5 comments

Anonymous said...

人間の生死というのはあっけないものですね。

しかも、悲しい。

そして、その悲しみの中にある人に対して、慰めの言葉はほぼ無力で、おっしゃるように、そばにいてあげることくらいしかできないのかもしれない。



日本の古典に徒然草というのがあります。

http://en.wikipedia.org/wiki/Tsurezuregusa

そのなかに、

(原文)
四季は、なほ、定まれる序あり。死期は序を待たず。
死は、前よりしも来らず。かねて後に迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。

(口語訳)
四季は、速いとはいっても、やはり決まった順序がある。
死期(しご)(臨終の時)は、順序を待たない。死は必ず前方からやってくるものとは限らず、 いつの間にか、人の背後に迫っている。人は誰しも皆、死があることを知っているものの、しかも死が急にやってくると思って待っていないうちに、死は不意にやってくる。

http://www.geocities.jp/sybrma/337tsureduregusa.155dan.html


お互い、死は、何時やってくるかわからない。だからこそ、いまあるお互いの生命を大切にしたいものですね。


videographerという重役

→重役
http://kotobank.jp/word/%E9%87%8D%E5%BD%B9
でも間違いではないのでしょうが、「重役」だと会社の組織の役職、という意味に解釈される場合が多い、思います。

「大役を仰せつかる」という表現があります。


「大役を仰せつかりました。 なんと知人の挙式、披露宴でのスナップ撮影。」
http://yaplog.jp/hoa_sen/archive/2219

こちらのほうがいいかもしれない。



videographer ビデオ撮影家
http://eow.alc.co.jp/videographer/UTF-8/?ref=sa

とありますが、解説的に、
「葬儀の(様子の)ビデオ撮影をする、という大役を勤めさせてもらった、大役を授かった・大役仰せつかった」
というのはどうでしょうか。

Mitchell said...

Sometimes, just being there is way to show you care.

ジョン said...

Anonymousさん、
すばらしいコメントと引用をありがとうございました。
死はそんなものですね。ちょうど最近Bikenglishさんから少し仏教のことを紹介してもらいましたが、特に「形あるものはすべて滅びる」というところを思い出します。

Mitchellさん、
Thanks. So it seems.

bikenglish said...

自分も40代後半の年令になって、叔父叔母が死んだりや友人の親が亡くなったりすることが多くなりました。

そういう時、亡くなった人が70才以上だったら、「まぁ、寿命かな、しょうがないかな」と思いますが、60才以下だったら、「まだ若いのに…」と思いますね。

ジョン said...

本当に思いますね。